生きること 彷徨うこと。

今、見えるもの、感じるものを写したい・・・。

写真の巻四一四 夢空間

先日久し振りに大好きなギャラリーへ行ってきました。地上一階、地下一階のこのギャラリーの地下の落ち着いた展示スペースが私は大好きで、それほど広くはないその空間に身を置くと、日常では体感できない心の静寂を実感することができ、毎回幸せな気分になれます。そこに素晴らしい写真が展示してあればそれ以上の幸せはないのですが、とにかくその空間と雰囲気が好きなので、大変失礼ながら写真の方は二の次といったところ。先日訪れた際、その地下のスペースでエスプレッソと紅茶のサービス(有料)が始まったことを知りました。イタリアという国に魅せられた御自身も写真家であるギャラリーのオーナーらしい発想だと思いましたが、何より自分が癒やされる空間で、コーヒー好きの私がエスプレッソを楽しめると考えただけでワクワクしました。先日はその場所でエスプレッソを楽しむ心の準備ができていなかったので見送りましたが、近いうちに再訪してエスプレッソを楽しみながら、五感も全部使って贅沢な時間を味わいたいと思っています。
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ホールケーキ

今日は両親の結婚記念日。ホールケーキを2ヶ買って帰るのは、両親の結婚記念日と母と私の誕生日とクリスマスの年4回で、その習慣が何十年と続いていました。しかし父は昔から自身の食生活を徹底して管理していた人で頑ななまでの和食党ですから、『そんな栄養にもならないもの食ったって何にもならない!』と言い、ケーキを食べるのは母と私の二人だけでした。何故ホールケーキを2ヶ買うのかは以前記したので省きますが、母が居ない今では私一人でホールケーキ2ヶを食べるのは無理なので、今回からは1ヶだけ買って帰るつもりで仕事の帰りに職場近くのケーキ屋に寄りました。その店は以前利用したときもそうだったのですが我が家好みのホールケーキが無く、今回もホールケーキは断念してチョコと和栗のモンブランに苺のミルクレープの計3ヶを買って帰りました。最後に母とホールケーキを食べたのは今年三月の母の誕生日で、帰宅した私の手元を見て二つの包みを確認したときの母のうれしそうな表情に、相当に楽しみにしていたことを感じました。仏壇にケーキ3ヶを供えるとき、ケーキの包装箱をたたんで捨てるときには悲しくて泣けてきましたが、今日の私の使命はこのカットケーキ3ヶを平らげること。日本茶とどんぶりに入れた味噌汁を用意し、まずは今朝供えていったトーストを平らげ、次にどの順番で食べていけば”つらくないか”を考えた後にまずはチョコのモンブランから食べ始めました。チョコレートの濃厚ショコラモンブランというだけあって、『(チョコだな~!)』と母に語りかけながら食しましたが、この1ヶならぬ半分食べただけで早くもギブアップ状態。しかし何とか3ヶ食わなければと2ヶ目の苺のミルクレープに取りかかりましたが、その途中で、『(ケーキってこんなにお腹いっぱいになるもんか?)』と感じ、3ヶ目の和栗のモンブランを食べているときには完全に思考停止状態で、目を閉じながら口を動かし続けて全く味わっていませんでした。かくして本日の私の夕食は無事終了したのですが、『(もしも今度カットケーキになるなら2ヶだな・・・。)』と従来のルールの改定を己に相談しました。が、しかし次回のクリスマス時のホールケーキはすでに某コンビニに予約済み。ここ数年のコンビニのケーキは非常に美味しくて外れがありません。クリスマスには従来通りにスプーンを2ヶ用意し、母と二人でホールケーキのあちら側とこちら側で食べるつもりですが、いつもホールケーキ2ヶを二人で食べていたのに(ちなみに一日で食べていたわけではありません)、今回カットケーキ1、2ヶでお腹いっぱいになってしまったのは、やはり一緒に食べる人がいなかった所為でしょう。次回はクリスマス!それまでしばらくの間はケーキを見たくありません・・・。
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早朝テニス

昨日は、『(雨で中止!)』と判断して事前キャンセルしたテニススクールのレッスンが行われたようで、次回のレッスンではまたもやクラスメートのSさんに、『先週休んでるし!(怒)』と言われるのは確実。そして約一ヶ月振りに参加した今日の早朝テニスは相も変わらず5:30開始で、ナイターでもないのにナイター照明を点灯させてスタート。今回は馴染みのテニスショップで借りた二本のモニターラケットを試打するのが目的。愛用しているラケットとは全てにおいて勝手が違うので苦戦するのは目に見えていましたが、やはりこの二本が全く合わずに前回に続いてまたもや不甲斐ない結果に。自分に合うラケットなどそう簡単には見つかりません。来週は前回三十分で雨天中止になってしまったプライベートテニス。真面目なテニスが楽しみで仕方がありません。帰宅してひと風呂浴びた後、モニターラケットを返しに行きましたが、人で溢れる街中で突然ガクッと来ました。そのような落ち込みはお盆が終わったときに次いで二度目で、前回同様何の前触れも原因もなくガクッと。ガックリ来ることなどこの間にはいくらでもあったのに、ちょっとした心の隙間や空白時にそういうことが起こるのかななどと思いましたが、また静かな場所で母の遺影と共にのどかな景色でも見ながらご飯でも食べてくれば元気になるでしょう。再来週辺り、小さな旅に出よう・・・。
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本日充電日

土曜日はテニススクールがあるのでいつものように朝のウォーミングアップに出ましたが、ほどなく小雨が降り始めて若干濡れながら帰宅。テニススクールが始まる時間まで判断を待って中止になった場合はそこまでの時間がもったいないので、ひょっとしたらやるかも知れないと思いながらも事前キャンセルをし、その旨をテニス仲間のKさんにお知らせをしたと同時に明日、およそ一ヶ月振りとなる早朝テニスの開催が決定。そしてKさんはその調整のために数週間前に腰痛を再発させた壁打ちに行くと言います。『(世の中には自分と同じようなおバカさんがいるもんだなぁ・・・。)』もちろんこれは最大級の褒め言葉なのですが、今の自分がその情熱を持ち合わせているかと自問自答すれば、『(無い・・・。)』だからこそかつての自分に対峙するようにお役に立ちたいと思う。明日は二種類のモニターラケットを使用する予定なので思うようなプレーができない可能性もあるのですが、久し振りに全身全霊で戦おうと思っています。というわけで今日は充電日。生活用品の買い物をし、ギャラリーへ行き、そして母の好物の大福を買って帰ろう・・・。
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写真の巻四一三 心変わり

三週間ほど前になりますが、およそ四十年前の東北地方の某地を撮影した写真展に行ってきました。その写真を初めて見たのは数年前に古書店で購入した文庫版になったフォト&エッセイに掲載されたものだったのですが、それらの写真が私がモノクロに興味を持つきっかけになりました。その後その文庫本はどこに行くにもカバンの中に入れて持ち歩き、電車の中等で一年以上も飽きること無く読んでいました。今回の写真展は生のプリントを展示したものではなく、写真を複写したものが展示されていましたが、文庫には収録されていなかった写真も数点あってまあまあ満足のいくものでした。しかし意外だったのは一年以上も持ち歩き、バイブルのように愛読していたフォト&エッセイの写真だったのに、わりと早くギャラリーを出てきてしまったこと。その写真を見飽きていたということではないようですし、非常に楽しみにしていたにも関わらずあっさり見終えてしまった自分に驚きました。その五ヶ月ほど前に興味が移っていたことが影響していたのかも知れません。141128.jpg

テニスの話二五九 三つのテニスで

テニスは趣味と言えるほど精神的に求めているものではありませんが、今や日々のストレスの発散と健康のために欠かせないものになっていることは間違いありません。テニススクールにプライベートテニスに早朝テニス。この三つのテニスは同じテニスのようでまるで違うテニス。テニススクールにはレジャー感覚で通っていますし、プライベートテニスには遊びの感覚は求めずに現在の自分のレベルを確認しながらも基本に立ち返る大事な機会で、早朝テニスは自己否定も良いところの別に勝ちたくもないのに勝ちにいかなければならないといったテニス。テニススクールはおしゃべりも込みの遊びのテニス、プライベートテニスは一球一球を真面目に打つテニス、そして早朝テニスは出たくはない自身の殻から出ざるを得ない状況になり、その結果として勝利という価値観に目覚めても良いものの、そこはやはりその気が無い自分に改めて気づいたテニス。しかしそこで忘れてはならないのがテニスは一人ではできないスポーツであるということ。現在の状況は周囲の方々のお人柄に恵まれ、テニスを始めて一~二年目の頃の、『(早く週末が来ないかな?早くみんなとテニスがしたいな。)』といったワクワクする感じにほんの少しだけ近づいていると感じることがあります。楽しむのもつまらなくさせるのも自分次第といったところですが、三つのテニスの中のさらに個々の集まりにもお誘いを頂いてうれしい悲鳴といった状況。『誘われるということは誘われるだけの理由がある。』と言われます。しかし四つ以上は無理。『おいでよ!おいでよ!一緒にやろうよ!たくさんいた方がいいしさぁ~!楽しけりゃいいじゃん!みんなでやろうよ~!』私そういうのダメなんです・・・。141127.jpg

彷徨記

今回の写真は、11/23(日)に撮ったものです。
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Konica HEXAR RF

歩きながら・・・。

昨日のことでしたが、写真を撮り歩いている途中で空気の乾燥を感じ、『(リップを塗らないと唇が割れるな・・・。)』とか、指先が気になったときには、『(ハンドクリームを・・・。)』などと思うとき、それらの全てが母親との関わりの中で覚えてきたことであったことに気づきます。『(何故今まで気づかなかったのだろう。何で今頃気づいてるんだろう・・・。)』と思うと無性に悲しくなり、写真を撮り終わる頃には目の縁が涙の乾きで突っ張っていました。この悲しみは時間が経っても癒やされない苦しいものです。しかしひとつの別れをいつまでも想い、悲しみ続けるのは私が紛れもなく母の息子であった証し。何もかも悟ったかのように語るお利口さんの理屈は私の人生には必要ありません。母と息子の絆は死別などというものくらいで切れてしまうほど柔ではない・・・なんて考えていたとき、二年前の冬に私が母に買ってあげたダウンジャケットと全く同じものを着た方が前から歩いて来ました。色まで同じものを見たのは初めてで、私の考えを亡き母が了承してくれた気がしました。母の形見であるそのダウンジャケットは、この冬から私が着用します・・・。141125.jpg

彷徨記

昨夜は寝るときの習慣である・・・と言っても寝つきが良すぎていつも一行半ほどしか読めない読書が、本を開いた瞬間にはすでに文字が読めないような半分寝にに入っている状態で、『(凄ぇ~!こりゃ過去最短だぜ。)』と思いながら本を閉じて電気を消して眠りにつきました。いくら寝不足とはいえ何をそこまで疲れているのか。いや、体は全く疲れていないので脳が眠りを欲していたということなのでしょう。せっかくの三連休なのですから一日くらいはお昼くらいまで寝ていれば睡眠不足も解消されるというものですが、”そんな(時間が)もったいない”ことは子供の頃からしたことが無いのですから今さら変える気もありません。それにしてもまたもやあっという間に三連休の最終日を迎えてガッカリ感が否めないのですが、今朝は久し振りの暖かい朝に小さな喜びを感じました。『(三連休の最終日はゆっくり過ごそう・・。)』なんてことを思うようになるのは年を取った証拠に違いないのですが、『(駅四つ~五つくらいの距離なら歩こう。)』と思い、そして実行しているうちはまだまだ内面から楽しさを求める気持ちがある証拠。山歩きをやめた代わりに下界歩きでリフレッシュ。次の週末には先週末に開廊時間に間に合わなかったギャラリーへ行こう。
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Konica HEXAR RF

今日の彷徨記は写真無し

ここのところの寝不足の所為か電車に乗って直ぐに睡魔に襲われ、目的駅までの四十分ほどの時間で爆睡しましたが、その爆睡の所為で頭がスッキリするどころかかえってボ~っとしてしまい、子供の頃から睡眠時間が少ない方が全てのコンディションが良い自分に改めて気づかされました。今日は生前の母が訪れたがっていた昭和天皇がお眠りになられている武蔵野陵墓地を訪ねました。その最寄り駅は今や人気の上に超という文字が三つくらい付く低山への乗り換え駅で、紅葉の時期も相まって登山者で溢れていました。その人数は私が低山トレッキングをしていた頃と比べると確実に十倍以上で、家族連れが多いから尚更多く見えます。私のような天の邪鬼もどうかと思いますが、街に溢れるカメラ族にも重なって見え、『(周りの人達と同じことをしないと不安になっちゃうのね。)』と思うことにしました。駅には霊園の開園時間の一時間前に着いてしまいましたが、それも子供の頃からの自分のペース。そういうときには年に一回入るかどうかのファーストフード店に入り、滅多に食べないハンバーガーなどを食べながら時間を潰しますが、年に一回くらいしか食べようと思わないものはやはり美味しいとは感じません。開園時間を十分ほど過ぎて霊園に到着。常駐の警察官の視線を感じながら母の遺影を取り出して鳥居をくぐろうとしたとき、やはり悲しみが込み上げてきて涙が溢れます。昔、スクールウォーズというドラマがあり、そのサブタイトルが、”泣き虫先生の7年戦争”というものでしたが、私も亡き母のことになると泣き虫先生になってしまいます。墓地手前の柵に母の遺影を置き、頭を下げてから手を合わせます。様々な想いが頭の中を過ぎりましたが、行くと決めた約束を果たせたことには安堵しました。今日はモノクロフィルムで撮っていましたが、帰路参道を歩いていると紅葉が目につき、おそらくもう訪れることは無いであろうという想いからカラーフィルムでも撮りました。帰りに馴染みのテニスショップにモニターラケットを返しに寄りましたが、私の声が聞こえたからと私の姿が見えない位置でガットを張る作業をしていた方がわざわざ御挨拶に来てくれました。そんな気持ちが本当にうれしい。そしていつもの写真屋さんでは無くテニスショップ近くのたまに行く写真屋さんにモノクロとカラーの現像を依頼すると、『スミマセン・・・只今現像機が壊れていまして、新しい現像機がいつ入るかまだ決まっていません。なので現像は工場出しになりまして、仕上がりは26(水)になってしまいます・・・。』『・・・では今回は諦めます。またお願いします。』『申し訳ありません・・・。』で今日は写真は無し。そういうことが年に数回ありますが、それもまた人生ということで・・・。
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テニススクール

昨夜は一旦帰宅してから再び外出し、その帰路でカレーライスはそれほど好きではないのにカツカレーが無性に食べたくなり、帰宅時間が21:00過ぎになることを見越し、『(カツを買ってレトルトカレーをかけるか、それともカツカレーを買うか・・・。それにしても21:00を過ぎてから食うメニューじゃないな・・・。)』と迷った挙げ句カツカレーを買うことにしましたが、コンビニには普通のカレーライスしか無く、しかしそれだけでは若干物足りないと結局はイカの七味焼きやら豆のサラダやら母への土産の白玉ぜんざい等を買ってそれらを全部平らげてしまい、もう寝ようかという時間にカロリー的にはカツカレー単体より多く食べてしまっただけに翌朝の胃の具合を若干危惧しましたが、『(三連休だしテニスもあるし、まあいっか?)』と言い訳にもならない言い訳をかまして1:30頃に就寝。三連休の初日はテニススクールで2コマ連続3時間のレッスン。『今日から本気(マジ)・・・。』で何名かの方は面食らっていたようですが、変わり者の私以外の方々は基本というか普通はそういうのが好きなので、まあスムーズに転換できたといったところ。昔はよくそのクラスのレベルを上げたなどと言われましたが、そういうことを言われてもそういうつもりでやっているわけではないので一つもうれしくありません。いつも何かと話し掛けてくれるSさんが今日もレッスン中に、『ねぇ、見て。』と御自分のラケットのスロート部を指差すので、『ん?』と見ると、そこには、『テイクバックを速く』と白いテープに書かれたものが貼ってありました。『最近ノートに書くのが流行ってるじゃん?あれって書いたことで満足しちゃうからダメなんだって。今日も(私のプレーを)見てるから。』向上心があるということは大変立派なのですが、このSさんは毎回課題が変わるから何とも憎めません。レッスン前にテニス仲間のKさんに御会いし、当然のことながら明日の早朝テニスの確認があると思っていましたが、明日Kさんは午前中NGで私は午後NGで明日のテニスは無くなり、『では月曜日に。』とのオファーがありましたが、『腰のことを考えてこの三連休は思い切って止めましょう!』と御提案。燃える男も今回の私の提案をシブシブ受け入れてくれました。そういうわけでこの三連休のテニスはまさかの今日のテニススクールだけで終わり。残る二日は亡き母を偲んで写真小旅行へ出掛けるつもり。しかし今夜も布団に入るのは相当遅くなりそう。最近は休日というといつも寝不足で困ります・・・。
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テニスの話二五七 冬支度

私のテニスにおける冬支度とは、かかとのひび割れ予防のクリームを毎晩の入浴後に塗布すること。まだひび割れはしていないものの二週間ほど前に一回、”ピリッ”ときたため、そのときから毎年の恒例行事が始まりました。まだ十一月だというのにこれが春まで続くと思うと少しウンザリしますが、大体その頃になるとチューブタイプのクリームを一本使い終わるので、その使い切った感がそれまで数ヶ月毎日続けてきた小さな苦労を労ってくれます。かかとがひび割れてしまうと動く度に、”ピリッ!ピリッ!”ときてプレーに集中できませんし、ソックスに血が滲んでいるのはあまり良いものではありません。冬も快適なテニスをするために春まで地道に塗り続けます・・・。
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不覚にも・・・。

母の仏壇の前で夕食を摂った後、食器類を洗おうとその部屋を出た瞬間、つい、『しんどい・・・。』とこぼしてしまい、『(いけねぇ~!)』と自分を責めました。どこに居ても、特に母の仏壇の前や家の中では絶対に弱音は吐くまいと決めていたのですが、昨夜はある失敗に気がついて少し落ち込んでいたこともあって、思わぬ形でつい本音が出てしまいました。ずっと我慢していた感情が予期せぬ形で露わになってしまい、堪えていたものが一気に崩れました。その結果悲しみの度合いが数ヶ月前のものに戻ってしまったのですが、しかしそれもまた良いのではないかと思うようにしました。救いを求めたところでどうにもならない気持ちは、誤魔化しでもハッタリでも目先を変えないと前に進めません。自分を情けなく思うことなどいくらでもありますが、今回のことには激しい自己嫌悪を覚えました・・・。
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テニスの話二五七 変化

季節の変わり目だからでしょうか?完全にキレてしまいました・・・と言っても他人様に対してキレたわけでも物に当たったなどということではなく、その怒りの矛先は今までの自分に向けてのもの。私はテニスに関しては気持ちを抜くことは無いものの手を抜くことはよくあり、そういう自分が突然嫌になりつまらなくなりました。他人様には最初から備わっている本気印というものが芽生えるのに変わり者の私は十有余年を費やしたということなのかも知れませんが、今にして思えばそのような性格は子供の頃からで、そうなった原因は明確に存在するのですが、本気の姿勢とかがむしゃらさというものを絶対に表に出すことはありませんでした。それが、『(出してもいいかな?それで失敗しても恥ずかしいことじゃないかな?)』と何の前触れも無く突然やって来た意識改革の大波。どのようなボールにも追いついて全部返してやろうというこれまでと変わらぬ姿勢と、今までには無かった『(遠慮無く行くよ・・・。)』という気合いの入ったショットの組み合わせで自分はどう変わるのか。今週末のテニススクールのレッスンから新しい自分の姿で取り組むつもりですが、そのことを職場の方に話すと、『やっと普通になったのよ(笑)。』と言われてしまいました・・・。
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高倉 健さん・・・。

高倉健さんがお亡くなりになったというニュースに激しい衝撃を受けました。【幸せの黄色いハンカチ】に感動し、【遙かなる山の呼び声】でその感動はさらに大きなものとなり、そして1983年に公開された【居酒屋兆治】を見て憧れの存在になり、初めて出されたエッセイも発売と同時に購入して読ませて頂きました。【サントリー生茶】のテレビCMを録画したものは今でも大事に保存していますし、エッセイのタイトルであり亡きお母様へ贈られた言葉である【あなたに褒められたくて】(1991年初版刊行)という言葉は、それ以来ずっと私の心に残り続けている大好きな言葉で、今年母を亡くした私にはその言葉が深く深く響きました。二年前のモントリオール国際映画祭で、【あなたへ】の公式上映会後、観客の外国人女性に声を掛けられて感涙された姿、当時八十一歳の高倉さんが男泣きをされてくしゃくしゃのハンカチで涙を拭っていたシーンにはもらい泣きをしました。衝撃が大きすぎて言葉が見つからず、自分の中で何かが終わってしまった感じがあります。そのような感覚は生まれて初めてです。とにかくカッコイイ方でした。謹んで御冥福をお祈り致します。
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